ネガティブな自分もまるごと受け入れながら「自分らしく生きる」を実践していく日々の記録です。今日は、自分を客観的に見つめ直し、変わりたいと心から思えた一日でした。
朝の小さな一歩から始まる変化
午前3時に一度目が覚めたけれど、また眠りについた。頭の中でぐるぐると考えてしまうことが多い私だけれど、今日は「なりたい自分」を思い描こうと思っていたら、いつのまにか再び眠っていた。
6時15分に起床。トイレに行ってティースプーンで舌磨きをしてレモン水を飲み、洗濯機を回す――これが朝のルーティンになったのは、たしか今年の5月頃からだ。どん底だった一年間を抜け出し、「行動したい」と思えるようになったのもその頃だった気がする。
もっと早く起きられたらヨガもしたかったけれど、今朝は体を軽くほぐすだけにした。
親との関係から見えてきた自分のルーツ
今日は出かける予定があるので、スクールの勉強はできなさそう。代わりに、隙間時間に「自分らしく生きる」ことについて深く考えるために、Sunaoさんのnoteを読むつもり。
ドライブの時間は楽しかったけれど、気づけば思考が優位になってネガティブに傾く自分がいる。けれど、そんな自分を否定せずに受け入れることこそが「自己受容」なのだと思う。淡々と自分の中の思考の波を観察していると、現実に振り回されすぎずにいられるような気がする。
家に帰ると、親のネガティブさにまた反応してしまった。「どうしてそんなに卑屈になる必要がある?」と思わずにはいられない。
でも最近、「他人に対して感じることは、自分自身にも当てはまる」という視点を持つようになった。まぁこの親に育てられればそうなるよな。
どんなに頑張っても自分の価値を感じられなかったのも納得がいく。
「変わりたい」――いや、「変わる」。今この瞬間から。
他人を変えることはできない。変えられるのは自分だけ。
29年かけて卑屈に生きてきたのだから、29年かけて普通に戻ればいい。そう思えば、少し気が楽になる。
他人ではなく、自分に意識を向ける
他人について考えるのは、会っているその瞬間だけでいい。それ以外の時間は、自分のことだけを見つめよう。
私は物心ついた頃からずっと、人の顔色を見て生きてきた。嫌われたらどうしよう、私のせいで何か起きたんじゃないか――
そんなことを延々と考えて、自分を苦しめてきた。
でも、それは本来考えなくていいことだったのだ。
自分の好きなこと、嫌いなこと、考えていることを客観的に観察できるようになれば、それ以外について考える暇はなくなるはず。
他人の機嫌を伺って自分を疲弊させるのは、もうやめようと思う。
過去の痛みが教えてくれたこと
「欲しいものを頂戴」と言うのは、私にとってとても勇気のいること。
なぜなら、「嫌われるかもしれない」と思っているから。
夫との関係でも、我慢ばかりしてきた結果、産後2ヶ月で家を追い出されるという現実が起きた。
お互いに本音を出すのが怖かったのだと思う。
でも、こんな経験をしなければ、自分を客観的に見ることはできなかっただろう。
心を整えるために身体から整える
頭で深く考えすぎず、心で選べるようになったら、人生はきっともっと楽しいものになる。
心の汚れは何層にも重なっているはず。
まずは身体から整えよう。
身体と心はつながっているから、身体へのアプローチが心を整える最短ルートになるらしい。
今日は「さとう式リンパケア」の動画を観ながら、自分を癒して眠ろうと思う。
今日の気づきと学び(まとめ)
- ネガティブな自分もまるごと受け入れるのが「自己受容」
- 他人ではなく、自分自身に意識を向ける練習を続ける
- 過去の痛みも今の自分を形づくる大切な一部
- 心を整えるには、まず身体からアプローチする



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