※本記事には「つぶつぶ恐怖症(集合体恐怖症)」の方が不快に感じる表現が含まれます。
画像はありませんが、苦手な方は閲覧をお控えください。
ぐるぐるワークをしていたとき、ふと息子が以前見ていたYouTubeの動画を思い出した。
その動画には、足の裏にたくさんの“つぶつぶ”がついていて、
それを削ぎ落とすような映像が流れていた。
私はつぶつぶ恐怖症なので、思い出すだけで鳥肌が立つ。
あの感覚は、頭では忘れようとしても、なぜか脳裏から離れない。
“ぐるぐるワーク”は、心の中のつぶつぶを吐き出す作業?
気持ち悪いと感じて息子に「見ないでね」と注意したのだけれど、
自分のぐるぐるノートを見返したとき、
そこにも無数の“つぶつぶ”のような跡が並んでいることに気づいた。
もしかして、ぐるぐるワークというのは――
心の中に溜まった“気持ち悪いつぶつぶ”を吐き出す作業なのかもしれない。
心にたまった感情の塊を言葉にできず、
ずっと抱えたままだと、やがて心身が不具合を起こす。
ぐるぐるワークは、その“詰まり”を外に出して、
心を軽くするための行為なのかもしれない。
もしかすると、多くの人が「つぶつぶを削ぎ落とす動画」に惹かれるのも、
無意識に“浄化”や“排出”を求めているからかもしれない。
――もちろん、全くの偶然かもしれないけれど。
私の書いた文章を見返しても鳥肌が立ちます。
右回りと左回り、ぐるぐるに込められた意味
調べてみると、右回りと左回りでは意味が違うらしい。
右回りは「男性性」、左回りは「女性性」を象徴するという。
私は普段、円を描くとき無意識に右回りが多い。
だからこそ、ぐるぐるワークではあえて“左回り”を意識して描くようにしている。
女性性――つまり、感じること、受け取ること、委ねること。
そうした感覚を思い出すために。
書くことで見えてくる“内なる学び”
最初の頃は、大きなぐるぐるを一気に描いていて、
すぐにノートが埋まってしまっていた。
最近は小さなぐるぐるをゆっくりと描いているので、
1ページを埋め尽くすのにも時間がかかる。
小学校の頃、宿題をすると先生が「はなまる」をくれた。
もしあの“はなまる”が左回りだったら、
私はもう少し「正解」に縛られずに生きられたのかもしれない。
正しさではなく、感覚で学ぶこと。
今、ぐるぐるを書きながら、
そんな“有ること無いこと”を考えている自分がいます。
おわりに
冒頭の表現で不快に感じた方がいたら本当にすみません。
けれど、ぐるぐるワークを通じて見えてきたこの「気づき」は、
私にとって大切な内省の記録でもあります。
心の中に溜まった“つぶつぶ”を吐き出すように、
今日もまたペンを動かしてみようと思います。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


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