ぐるぐるワークで心を整える

日記

朝のささいなできごとから始まったモヤモヤ

朝に洗濯機を回すのは、いつの間にか私の役割になっていた。
いつものように洗い場のタオルを取り替えたら、母が「もう変えてるよ」と言った。

「あ、そうだったんだ。なんかごめん」と言ってその場を離れたけれど、
心の中では「それなら変えたときに洗濯も回してよ。少し濡れてるんだから」とモヤモヤが募った。

ほんの些細なことでも、積み重なると心の中で爆発してしまう。
だからこそ、その瞬間の感情を覚えているうちに“ぐるぐる”してみるのが大切。
喉の奥に引っかかっている言葉や感情を、ぐるぐるぐるぐると吐き出すように書いていく。


「言わぬが仏」と思ってきたけれど…

直接言えばいいのかもしれないけれど、母は毎朝早く起きて朝ごはんを作ってくれている。
言ったところで場の空気が悪くなるだけ――そう思って、結局何も言わない。

言わぬが仏。
そうして飲み込んできた言葉が、少しずつ心の奥にたまっていく。

ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……

こうして自分の中の小さな感情の揺れに気づけるのが、「ぐるぐるワーク」の良いところだと思う。
普段なら「たいしたことない」と押し込めてしまうようなことも、書くことで見えてくる。


「私、こんなに人の悪口を言ってるんだ」

ふと、そんな自分に気づいてハッとする。
「私、こんなに人の悪口を言ってるんだな…」って。

そういえば昔、夫のメモ帳にびっしりと私の悪口が書かれていたのを思い出した。
「メモの魔力」という本を読んで、夫はメモを習慣にしていた。
ある日、興味本位で中を覗いたら、そこには私への不満ばかり。

あのときの衝撃は今でも忘れられない。
「私って、本当に必要とされてるのかな」
そう思うほどに落ち込んだ。


ぐるぐるワークが気づかせてくれた、夫の気持ち

でも今になって、自分も“ぐるぐるワーク”をしていると気づいた。
夫も、あのメモで感情を整理していたのかもしれない。
彼なりの「怒りを鎮める方法」だったのかもしれないと、今では思える。

当時の私は、それを“離婚を決意するきっかけ”にしてしまったけれど、
今ならもう少し違う見方ができたのかもしれない。


「嫌われてもいい」と思えるようになった理由

人に嫌われてもいい――。
そう思えるようになったのは、家族との関係も大きい。

父や妹に対してイラッとすることは多いけれど、
なんだかんだ言って一緒にいると楽しいし、助けられてもいる。

夫にとっても、私はそんな存在だったのかもしれない。
それでも当時の私は、「愛されてこそ価値がある私」という考えに縛られていた。
だから悪口のメモを見たとき、自分の存在意義を失ってしまったのだと思う。


自分を愛することを、いちばん大切にしたい

本当に私のことが嫌いだったのかもしれない。
でも――それでも、いい。

だって、自分が自分を愛さないで、誰が自分を愛してくれるの?
他人に愛されることより、自分を愛することを極めたい。
だって、自分とは一生離れることがないのだから。

ぐるぐるワークをしていると、
忘れようとしていた記憶がふっと浮かび上がることがあります。
でも、そんなときこそ、自分にとって都合の良い解釈で上書きしていけばいい。

それが、心を軽くする最初の一歩だから。


おわりに|ぐるぐるしながら、私は私を取り戻す

「嫌われてもいい」「言えなかった言葉を吐き出していい」
そう思えるようになると、日常の小さなイライラにも意味が見えてくる。

ぐるぐるワークは、ただの自己吐露ではなく、
自分を取り戻すための静かな癒しの時間なのかもしれません。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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