ポエムみたいなタイトルにしてみましたが、
最近本当にそう感じることがあります。
夫のメモに書かれていた「悪口」から気づいたこと
昨日の記事で書いたように、
夫が持ち歩いていたメモを見たら、
そこには私の悪口ばかりが書かれていました。
そのときの私は、自分の存在価値を見失いました。
けれど今振り返ると、
それは夫なりの発散の仕方だったのかもしれません。
感情を出さない夫との「すれ違い」
夫は普段からあまり感情を表に出さない人です。
だから、何を考えているのか分からないことが多かった。
当時の私は、そのメモを見てこう思いました。
「私は夫に嫌われている」と。
すると、どんどん負のループに陥っていったのです。
- 何も言わなくても居心地が良いと思っていたのに、無言が怖くなる
- 飲み会で帰りが遅いと、つい浮気を疑ってしまう
- 日常の出来事すべてが「やっぱり嫌われている証拠」に見えてしまう
「これも愛だったのかもしれない」と思えた瞬間
けれど、もしあのメモも愛の形のひとつだったとしたら?
- 何も言わなかったのは、私を傷つけないため
- 飲み会で遅くなるのは、職場の付き合い――結局は私たちの生活のため
- 愛されていると感じた瞬間も、ちゃんとあった(少なめだけど笑)
そう考えると、同じ出来事でもまったく違う意味を持って見えてくるんです。
メモは、夫の「心のメンテナンス」だったのかも
まさか私がそのメモを見るなんて、夫も思っていなかったはず。
書くことで、日々のストレスを発散していたのかもしれません。
毎日一緒にいれば、イライラすることだって当然あります。
悪口のひとつも出てしまうのが人間らしさです。
大切なのは、
「その感情をどう扱うか」
「どう意味づけるか」
なのかもしれません。
愛されている前提で、物事を見てみよう
最初は嘘でもいいから、
「私は愛されている」と前提を置いてみる。
そうすると、同じ出来事でも解釈がまるで変わります。
ネガティブな出来事が、優しさや思いやりの裏返しに見えてくる。
自分を愛する力を取り戻す
どんなことがあっても、
自分を愛し続けられるようになりたい。
自分を愛する力があれば、
他人の愛に依存しなくても満たされる。
他人の評価や比較で落ち込むことも少なくなる。
私にとってその第一歩が、
「自分をケアする時間」を持つことでした。
今夜は、さとう式リンパケアで自分をゆるめてから眠ろうと思います。
自分の身体に「ありがとう」を伝えるような時間を大切に。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました🌿



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