変な匂いのするお米がありました。
私は匂いに敏感なので食べませんでしたが、
「もったいないから」と我慢して食べていた家族がお腹を下してしまいました。
もったいない文化の中で育った私
我が家には昔から「もったいない文化」があります。
子どもの頃から「残さず食べなさい」と厳しく躾けられ、
それが美徳だと信じて生きてきました。
その習慣は今も変わらず、
消費期限が少し切れていても、
風味が落ちていても、
「まだ食べられるから」と口にしてしまうのです。
食べ物を捨てることに、強い罪悪感を感じていました。
身体を守るための「捨てる」という選択
でも今回の出来事で、はっきりと気づきました。
食べ物がもったいないからといって、
自分の身体を粗末にしていいのだろうか?
どんなに大切に育てられた食べ物でも、
身体を壊してしまっては本末転倒です。
食べ物を大事にする心は尊いけれど、
時には「捨てる勇気」も必要だと感じました。
それでも消えない罪悪感
とはいえ、やはりお米を捨てることには抵抗があります。
ゴミ袋に入れるのではなく、せめて…と思い、畑に撒きました。
過度に「食物を大切にしなさい」と言われて育ったせいか、
どこかで“捨てること=悪いこと”という思い込みが残っています。
でも、
躾けによって植え付けられた「本来感じる必要のない罪悪感」
は、きっと他にもたくさんあるのかもしれません。
おわりに
今日はそのことを思いながら、
いつもより丁寧に瞑想をして眠ろうと思います。
「もったいない」も、「ありがたい」も、
どちらも大切にしながら、
自分の心と身体を守る選択ができるようになりたいです。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。



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